「信じること」と「見極め」

<メモ>


これから書くことは独り言です。
というより、普通なら、日記帳に書いて誰も見ない物・・・ということ。
なら、なぜ、ここに書くのか・・・・・・
それは、
この内容を読んで、何倍もの何かを生み出してくれる人がおられるからです。

私にはよく分かりませんが、こちらのブログを今ではいろいろな方々がご覧になっているような気がします。
その方々は、いったいどのような人物なのか?私には皆目分かりません。

ですが、たぶん、とても人格の優れた方々なのでしょう。
なぜか、それは、やっちもないコメントをされないことです。

たぶん、私が書いている内容なら、どなたかの癇に障って攻撃を受けても仕方がないものもありますが、
今のところ、温かく見守ってくださる方ばかりで、どんどん成長できている現状です。

ありがとうございます

それでは、これから、独り言の世界へ突入します。(^.^)/~~~
内容が重たいので、気楽なものがよい方はスルーしてくださいね。
ネガティブ思考からポジティブ思考に反転させることで、今までには見えなかったものが見えてきたりします。

その狭間にいるときは、かなり気持ち悪いというか・・・気分が悪くなるというか…違和感があるというか・・・
とにかく、楽しいことではないので、ご了承ください。





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「信じること」と「見極め」



心のコップが溢れそうでかなり苦しい。
寒さから、部屋の中で縮こまっていたので体まで強張っている。
だから、余計、滅入る。

こんな時は、心のコップを空にするために書くことが一番だ!


ねぇ、あなたは、信じるタイプ?それとも、信じないタイプ?

このことは、主に人かな。
まぁ、物事や出来事もあるけど・・・。

私は、人を信じたいタイプ。
これは、私は変えられない。

でも、こんなことを誰かに言うと、たいてい、「それは損するな」と思われるみたい。
騙されて終わりが目に見えてる。
そんな、その人の心の声が聞こえる。

じゃあ、私は聞きたい。
あなたは、誰かがあなたのことを信じないということを信じているのね、と。

もちろん、この世の中に、誰かをだますことに命をかけているような輩もいる。
私(酒林ゆき)などは、めった切りにしてやりたい奴だ。
もし、アニメーションの世界なら、まるで銀さんみたいに振舞ってしまうだろう。

ただ、そのようなアホな奴は、実はあまりいない。

ごくごく普通の生活をしている人など、ちょっとだけ知識を持っていれば、騙されることはない。
この「ちょっとだけの知識」を持ち合わせていない人もたくさんいるのだが。
過去の私は、まさにこれ!

そして、今でさえ、知識はかなりない。
でも、過去と今の違うところは、直感を磨いたということ。
怪しい匂いをかぎわける直感を、なぜか???身につけてしまった。

もちろん、自信過剰にはならない。
これは、常に磨いていなければ、すぐにくすんでしまう技術なのだから。

そして、この人は優れた人材だ!と見極める目も磨くことができた。
たぶんこの技術は、私がお店オープンに向けて進んできた道で、本当に毎秒と言っていいほど気にかけてきたからだろう。
でも、理論的にどのようにすればこれができるかなど説明ができない。
自分の行動から手に入れた経験を反省し、また実践し、・・・その繰り返しを延々と・・・夢の中までもした結果獲得したものだ。

だから、これを獲得できる人はかなり少ないだろう・・・と、思ってしまう。
そのくらい、気違いじみた行動なのだ。
でも、それは、端からは分からない。
全て、心の中で行われる作業だからだ。

心の世界は、宇宙より広いかもしれない・・・
そんなふうに今では思う。
だから、人間には無限の可能性が秘められていることを痛感する。

一番よく分かっていそうな自分・・・
なのに分からないことが何と多いことか・・・。

自分以外の人を信じられない人は、自分を信じることができない人だと、私は思う。

この人は自分のことを陥(おとしい)れると見極める自分の目がないことを信じたり、
自分の直感を、他の人からは違う意見を言われても信じて実行したり、
自分の信じた人が、自分の予想とは違う行動を取った場合、自分の信じた過去のその人を信じることができるか

(主人から春休みのことで電話が入った)


このレベルに来ると、自分でも何を言っているのか、気を抜くと分からなくなってくる・・・・・。



人は、日々成長している。
その人それぞれで成長スピードや分野が違うけれど、成長していない人はいない。

そして、自分自身も成長している。
だから、出逢ったその時の波長と、付き合い始めてからの波長は微妙に違って当たり前なのだ。
これが、いわゆる『誤解』を生んだり、『期待』しすぎたりすることにつながる。
期待をしすぎると、裏切られた感が生まれる。

この「人の成長」を見極める目も、実はとても大切だ。


信じきることができる人は、見極める能力が際立っている


といっても過言ではない。
そして、信じた相手の行動結果を自分の責任とすることができる。
とてもリスクを伴いそうな行為で、今の時代、この分野に踏み込むことを恐れる人が山ほどいる。

だから、「無縁社会」などという状態になるのだ。

人の感情を踏みにじる輩だけ報道され、そのような人達がのさばっている社会情勢なのだと信じた人々が、
自分を守るために殻に閉じこもる。
本当は、優しくて、人のために役立ちたい!と考える人がたくさんいることを見ようとしないのだ。
タイガーマスク運動も、どなたかが仕掛けたにおいがするが、これは、上記のことを表現したかったのではないかと思う。

悪き者が目立つことは、危険を回避するためには必要なことではある。
でも、良き者も存在することを、もっともっと示していかなければならない。

優しい人がお人よしになっていてはいけないのだ。
優しいと人だからこそ、厳しく、守るべきものを守るために上を見なければならない。


という一個人。


本当にちっぽけな存在だ。
自分を見つめれば見つめるほど泣けてくるくらい無力を感じる。
次の一歩をいったいどのように、どこへ、踏み出せばいいのかも分からない時もある。

私の心の中のことを・・・
この莫大な量の内容を、知りたいという人物にどうすれば分かりやすく伝わるのだろう・・・??????
と考えたときもあった。

でも、それは、不可能に近い。
なぜなら、私の成長スピードは尋常ではないからだ。
これを自覚することは、私としては苦痛に等しかった。
そのことに目をつぶっていた。
気がつかないふりをしていた。

なぜなら、「他の人と一緒」の方が安心だったからだ。
でも今は違う。
私は、今の私にはわからない、新しい自分を知りたい。

これは、以前から言ってきたことではあるが、その時々微妙にニュアンスが変わっている。
私も、私を覚醒させた人のことを知りたくてたまらないときがあった。
そして、自分のことを話したり、相手のことを聞いたりした。

でも、それは、かなり無駄な時間となった。・・・今だから分かる。

自分さえも分からないのに、自分以外の人の全てを分かることなど、
宇宙の果てに行くのと同じくらい不可能なことなのだ。

だから、私は、自分以外の人を追求することをやめた。
それよりも、その人達と、新しい未来を作るために何かを一緒にすることにエネルギーを費やした方が生産的だと思ったのだ。

この思考が定着してきて、かなり、精神的に快適になった!驚きだ!
今まで、いかに、ストレスをかけてきたかがよく分かる。

でも、この快適さは、今までの道のりを一歩一歩進んできたからこそたどり着けたのだ。

そして、ここまで来て思うことがある。

自分に対しても、今まで以上に厳しくなったが、自分以外の人にもある意味とても厳しくなった。
表面的には、その厳しさは見えない。
でも、一歩、心に踏み込むとそれは顕著に表れる。

この厳しさがなければ、私のたどり着きたい場所にたどり着けないことが分かっているので、やるしかないのだ。

『子供達と未来のために、私にしかできないことをしたい』

この夢が、どんなに大きいものかということを直感的に感じていた。・・・・・・・
Nさんからお聞きしたのは「子供達と未来のために」という言葉。
これに、「私にしかできないことをしたい」という言葉を付け加えた私。

なぜ、そのように難しいことに挑むのか・・・・・・・。



まだ、はっきりは分からない。
たぶん、苦しい期間に培ってきた心の氷山の水中部分の成分を知るため・・・・・・
?それが分かることで、得体のしれない悲しみを砕くことができるからなのだと思う。
そして、これを砕くことに成功すれば、きっと、多くの人を喜ばすことができるからだろう。

では、なぜ、自分だけではいけないのか?
別に、多くの人を喜ばさなくてもいいではないか?
なぜ、こんなことをしてしまうのか?


それは、たぶん、私の幼い頃に、いただいた『愛』のおかげなのだろう。


自分の記憶にはないの数々・・・・・・


その愛を受け取った幼い私は、この上なく嬉しかったのだと思う。
そして、・・・・・・・・・????????????その幸せを、これまた、氷山へはめ込んだのだ。

だから、悲しみを掘り出すことで、その愛も掘り出すことができる。


そうか!
だから、『愛の言霊』を書きたいのだろう。
自分の心の世界が現実の形として作成するには、何かの表現物にするしかないのだ。
絵や音楽、文章など。。。。。

家造りが、この『物造り』を極めさすきっかけになったのだと思う。
だから、私は、我が家の作成だけにとどまらず、自分自身を磨く期間としてIさんや、その他の関係者の方々と接したのだろう。

あの頃、私は、自分が何を目指しているのか分からなかった。
でも、あの頃の私の潜在意識(酒林ゆき)は、私が何をすればよいか知っていたのだ。

私の無意識の部分で私を助けていた。。。というか、導いていたのだ!


なるほど・・・・・・・・・そういうことだったのか・・・・・・・・・・・・・



私は、ゴールした。
ある意味、お店オープンは、『ゴール』だ。

これで、成長を終わりにしてもよい。
ゴールなのだから・・・。

でも、ゴールしたからこそ、・・・ゴールした人にしか見えないスタートがあることを、私はもう知っている。

ゴールと、スタートは、時間の流れの中で同一場所に存在する。
それも、あらゆるところにある。
そして、ゴールで止まることも、次のスタートを切ることも、それぞれが選択できる時代なのだ。

たいていの人は、スタートを切らない。

これは、この約2年で知ったこと。
私にとっては、驚きの何ものでもない!
私の中の常識が、一般の常識とは違ったのだから・・・。

スタートを切ることは、とても勇気がいる。
勇気がいるということは、恐怖が伴うということ。

この恐怖から逃れるために、たいていスタートを切らない。
以前の私がそうだった。
スタートしてもすぐにつまずくことを実感していたから。

でも、今の私からすれば、確実に進んでいるのだ。
でも、あの頃の私は、自分が進んだ道が見えなかった。
進むより、かえって後退してしまったように感じていた。

だから、「ちゃんと進んでいるよ。自信を持って。」と言ってあげられる人が必要なのだ。

私は、今では、これを言うことができるようになった。
周囲の人達のことなど無視して、頑張ってその人なりのことを一生懸命している人に『スゴイよ!』と自信を持って言える。

私には、学歴や経歴はない。
でも、この時、誰よりも精一杯生きていることだけには自信がある。
誰が何と言おうと、これだけは、誰にも負けない。

たぶん、この本気を、普段の生活で「オーラ」として出してしまったら、竜巻が起こるかもしれない。
最近では、このコントロールもかなりできるようになったので、そのような凄まじさを表面には出さないようにしている。

でも、感受性の強い方々には、気づかれているようだが・・・・・・。
それなら、それでよい。



人とは、成長する。

その成長は、誕生した奇跡により、消すことのできない事実なのだ。
だから、その人それぞれの成長曲線を、誰かがどうにかすることはできない。

私は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自分が生きていることをありがたく思っている。
生き地獄だった妊娠悪阻の期間、生きているということが、どれだけ尊いことかということを知った。

でもあの時は、だからといって、自分が何をすればよいのか分からなかった。

他の人は経験しないことを経験する人がいる。
なぜだろう?

その人にとって乗り越えられないことは起きない・・・・・という言葉を聞いたことがある。

あの苦しみを、「なぜ私なの!」ということもできる。


でも、私は、転んでもただでは起きたくない!という、生まれつきの負けず嫌い精神を持っている。
あの苦しみを自分の糧にするために、それを自分の強みとした時、
「私にしかできない何か」を見つけることができるのだ。


思い返せば、私は健康面で幼い頃からついていなかった。
幼児で入院や手術を経験し、多くの子供達が経験する普通の生活を経験していない。
それは、多くの子供達が経験していない貴重な経験をすることができたということでもある。

腰痛で苦しんだときもあった。

原因が分からないめまいやしびれを経験したこともある。

過呼吸?カコキュウになったこともある。


でも、今は、元気だ!
時々、成長のスピードについていけず、バランスを崩して倒れるときもあるけれど、
以前より数段元気満々だ!

白髪もないし、お肌や髪質の調子も良い。まるで、毎年若返っているようだ!

Iさんの言われていた「200歳まで生きる」なんてことが可能ではないかと思ってしまうほどだ(^-^)



ふ~~~~、だいぶ、コップの中身がなくなった。



なんだかとてもスッキリ♪




「信じること」と「見極め」



これからも、見つめていく。
まぁ、私を裏切ることはできない。
だって、「裏切る」という行為は必ず相手がいるからだ。

私は、自分としか戦わない。
だから、裏切られる唯一の相手は『自分』なのだ。





そして、酒林ゆきは、私を絶対に裏切らない(笑)


だって、愛の塊だから・・・・・・




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この記事へのコメント

酒林ゆき
2011年09月14日 08:17
うぉ~~!!!
この記事、今の私には書けないなぁ・・・。
本当に私が書いたのか!?
・・・でも、今の私も、本当にそう思う。
そして、勇気をもらうことができる。
そう、「愛の塊」なのだ!
だから、こんなにも激しく、厳しい。
そして、果てしなく優しい。
この魂が、形として見えるなら、いったいどのような姿だろう?
はっきり言えることは、今私が持っている体・・・?風貌?・・・ではない。
最近、酒林ゆきや日向凛をイメージすると、表情や仕草が変わるようになってきた!
いやはや、人間とはどのようなこともできるようになるものなのだなぁ・・・。
ま、女優さんもそんな中の一人よね!

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